十二月八日

徳川夢声『夢声戦争日記』(中央公論社昭和35年)から昭和十六年十二月八日とその翌日の日記を抜いてみた。

十二月八日
(月曜 晴 温)岸井君が、部屋の扉を半開きにしたまま、対英米宣戦のニュースを知らせてくれる。そら来た。果たして来た。コックリさんの予言と二日違い。
 帳場のところで、東条首相の全国民に告ぐる放送を聴く。言葉が難しすぎてどうかと思うが、とにかく歴史的の放送。身体がキューッとなる感じで、隣りに立つてる若坊が抱きしめたくなる。
 表へ出る。昨日までの神戸と別物のような感じだ。途から見える温室の、シクラメンや西洋館まで違つて見える。
 阪急会館は客席ガラ空き、そこでジャズの音楽など、甚だ妙テケレンだ。花月劇場も昼夜ともいけない。夜は芝居の途中から停電となる。客に演説みたいなことをして賛成を得、蝋燭の火で演り終る。
 街は警戒管制で暗い。ホテルに帰り、今日の戦果を聴き、ただ呆れる。

註 岸井明君は阪急会館に映画「川中島」のアトラクションで、谷口又士の楽団と出演。私は若原春江嬢と共に「隣組鉄条網」という軽喜劇で湊川新開地の花月劇場へ出演。「斯うなると敵性の唄なんか具合が悪いですよ」と岸井君はこぼしていた。コックリさんは十二月十日頃米国と戦争が始まると予言していた、と私は誰かに聴いていた。

十二月九日
(火曜 雨)いつになく早く床を離れ、新聞を片はしから読む。米国の戦艦二隻撃沈。四隻大破。大型巡洋艦四隻大破。航空母艦一隻撃沈。あんまり物凄い戦果であるのでピッタリ来ない。日本海軍は魔法を使つたとしか思えない。いくら万歳を叫んでも追つかない。万歳なんて言葉では物足りない。(中略)
 風呂に入り、また床に横たわり、窓を眺める。窓一杯に枝を張つて見える樟樹に、細雨が粛々とそそいでいる。私という個人と、日米戦との関係をいろいろと考える。今度のこの大戦果に私という個人が、どういう役目をなしているのか? それとも全然何の役目もなしていないのか?
 閉場後、穴の開いた番傘を借りて、暗い街を石田守衛君に案内され、酒場シルバー・ダラーに行く。ジョン・ヘイグを目の前で抜いてくれた。チーズとサーディンをのせた黒パンの美味いのが出る。但し税共に三十幾円。


古川ロッパのこの日の日記も読みたくなったが、あいにくいま手元にない。
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by tenki00 | 2005-12-08 12:54 | pastime
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