好き句51

来ることの嬉しき燕きたりけり   石田郷子

子どものときに暮らしていた家は父が建てた家で、そこに燕が巣をつくることはなかったが、向かいが祖父祖母の家で、その軒先には毎年、燕がやってきた。来ることそのものが嬉しいとしか言いようがない。それが燕だった。この句は、どきどきするほど嬉しくすがすがしい。

昨年、石田郷子の第2句集『木の名前』を買い、読んだ。それなりに気持ちのよい句集だったが、掲句や「背泳ぎの空のだんだんおそろしく」のようなどきどきする句は見つからなかった。洗練味を増した、といえばそうなのかもしれないが、「ちょっと物足りない」というのがこの第2句集への今のところの感想で、第1句集は複写でいいから手に入れて読みたいと思っている。
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by tenki00 | 2005-04-16 12:20 | haiku-manyuuki
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