田尾監督

田尾監督が解任。例によってやや旧聞に属す。

東北イーグルスは100敗すると、私はシーズン前から思っていた。でも、100敗しなかったらしい。

解任の理由は成績不振だという。これには日本全国、首を傾げるか、大笑いするはずだ。何を考えている? フロントは。親会社は。

一時期、私がプロ野球選手のイメージの好悪(社会的にどう捉えられているかという問題だ)を知るのに(広告代理店でもないので、そんなこと知ってどうするわけでもないが)、現役引退後、モルツ球団に入って違和感がないかどうかという尺度があった(もろ広告代理店じゃねえか)。田尾はモルツ球団発足時のメンバーである。ということは、田尾というのは、好感度のきわめて高いプレーヤーである。

「監督? だいじょぶ?」というのは当初からの印象だったが、伝わるところからすると、仙台のファンの支持は厚かったらしい。これを解任するとは、いかにも愚かである。90敗以上という負け数が解任の根拠だとしたら、事業評価の仕方が幼稚すぎる。採算がどうだったかなど知らないし、知る気もないが。

勝ち数と負け数は同じなのだ(プロ野球内部において)。これはごくシンプルなことなのだが、リーグ戦という興行を続けるプロ野球は、勝ち数(+)=負け数(-)というゼロサムゲーム(総和がゼロ)である。再三述べているように、勝ち数(あるいは優勝)にのみ価値を置くとしたら、産み出される価値は、百年やっててもゼロ、永遠にゼロである。こんな子どもにでもわかる理屈がわからずに、日本プロ野球は「隆盛」や「衰退」を語ってきた。「ジャイアンツが勝てば」「ジャイアンツが強くなければ」式の話は、8時50分には力道山が勝利を収める式の、戦後貧しい時代に特有の儀礼を続けていたに過ぎない。2005年秋になっても、この手の話をしている人が少なくないことは驚きである。

問題は、勝敗以外のところで産出される価値である。その価値産出のダイナミクスに「勝敗」ももちろん関与する。だが、勝利が価値を生み出すわけではない。「勝敗」は仕掛けのひとつに過ぎない。

来季、負けることの洗練を身につけた田尾監督が、さわやかに80敗するところが観たかった。親会社は、田尾監督以上の監督をリクルートすることができるのだろうか? 私にはちょっと見当たらない。
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by tenki00 | 2005-09-27 00:15 | pastime
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