Facebookは、フェイスブックと言うだけあって、顔がやたらと並んでいる。これの、絵的な鬱陶しさウザさといったら、もう、インターネット史上最高、といっていいかもしれません。

(ご尊顔のそれぞれがどうこうという話ではなく、全景として、ね)

とは言いつつ、私は、一瞬しか見たことがありません(登録はしたものの、すぐに抜けた。余談ですが、アカウントを削除するのに、えらく手間がかかった。このへんはSNSの例の戦術)。

利用する予定はないのですが、上記がその理由ではなくて、俳号と実名という問題。つまり、俳句上のアイデンティティ(俳号にまつわるもの)と社会的アイデンティティとが分離している私のような者には、かなり使いにくいこのサービスなのです。

で、見た目の話に戻せば、これまでは「リアルの顔」とインターネット上のパーソナリティとは、必ずしも結びつかないような気がしていて、俳号なら俳号、ハンドルネームならそれで、ネット上で不便があるわけではない。署名だけ、というのは、ある意味、風通しの良さもあるわけです(各人が署名におて責任をもてば)。

ところが、フェイスブックというのは、自己(身分)証明として、署名以外にもさまざまなものを要求してくる。これは、かなり邪魔くさい。

ま、そんなこんなで、こうやってオールドスクールなブログを細々と続けているわけなのです。



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by tenki00 | 2012-06-10 22:00 | pastime
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