俳句について書くということ

俳句について何かを書く、ということは、ひとつの料理みたいなものですね。

俳句を料理する、というと、なんだか感じの悪い言い方ですが、そうではなくて、俳句について書かれたものは、それ単独で、読む者に満足感を与えてくれるという意味で料理。

俳句が、一品の料理で、俳句についての一文が、その解説書・オススメ文、という主従の関係ではないという意味です。そうした思いは、例えば、

カウンターの片隅で(瀬戸正洋):週刊俳句・第232号
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/9.html

これを読んで、ますます確信を深めるわけです。


いいダシの出る俳句を見つけ、あるいは一句のなかに、いいダシの素を見つけ、細やかに調理する。いい素材を見つけ、きちんと調理する。

手際や技術もだいじですが、それにも増して、心根のやさしさ、これがいちばんたいせつ。このへんは良き料理をつくる人(料理人だったりお母さんだったり)と同様です。素材(俳句)への愛情と敬意。食べる人(読者)への心遣い。

俳句をつくること、俳句を語ることが、手際や技術だけだとしたら、それはそれは貧しく、むなしいものですよね。


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by tenki00 | 2011-10-03 22:00 | haiku
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