印刷が止まったりして

大学案内とゆうか、「ねえ、受験してよ」という広告物とゆうか、それを軽くやっつけた話はちょくちょくしていたが、印刷が始まってから「待った」がかかった。理由は、理事長のページ(といっても写真があって、沿革や教育理念とくっつけただけなんだけど)がいちばん後ろで、学長の挨拶が冒頭近くにあること。それが、理事長のお気に召さなかったらしい。学長というのはサラリーマンで、それがしゃしゃり出てはまずいということなんだろう。企画書や校正紙を見ているはずなんだけどなあ。まあ、いいや。ページをぼこんと入れ換えて、理事長のお写真をもっと大きくレイアウトして、刷り直す。ごくろうさん。

えらそうな仕事をしている人には、どうしようもない俗物が多い。たとえば、センセと呼ばれる職業の人ね。それは、単に経験に基づいて言っているだけなんだけど、俗物のすごいところは、一瞬で「俗物」であることをこちらに伝えてくるところだ。よく見たら俗物、よくよく付き合ってみると俗物、というパターンはまずない。理事長という職業がセンセかどうか知らないけれど、この理事長氏は、一度も会わずして、俗物宣言をかましてきた。

言っておくけど、ガッコにファンタジーなんて存在しないと思う。先週から始まった「ドラゴン桜」を、由季氏と一緒に見て、おもしろがっている。ガッコにファンタジーはない。だから、ドラマがおもしろい。

世間的には三流なんだか四流なんだか知らないけど、その大学に、打ち合わせや撮影で何度か足を運び、頭がくらくらした。学生の出来がどうのこうのというのではない。学生さんはそれなりにちゃらんぽらんだったり真面目だったり、オツムが弱かったりそれほどでもなかったり。どんなところでも事情は同じだ。ガッコに限らず。

頭がくらくらするのは、ガッコを運営している側のこと。表現がむずかしいが、表向きの理想主義のようなものといえばいいか。一般に、内実とかけ離れて大仰でえらそうで薔薇色な看板を掲げないといけないところというのは、大笑い的に馬鹿げたことになる。ガッコはその一例。とくに、いわゆる世間的にレベルの低いガッコは、それがわかりやすい形で出るので、陰惨きわまりない。

ちょっと話を広げれば、人を教育しようなどという、私などには理解しがたい大それた志を抱かれる方々のなかには、この大笑い的陰惨さを体現してしまわれる方がいる。

思うに、世間にとって必須の職業というのが、じつはヤバい。そのからみで言えば、医者もそう。これも経験でモノを言って恐縮だが、俗物医者とつきあうハメによくなる。最近、やっつけた単行本の著者もそう。最悪だった。会ってたった1分間、ひとこと、ふたことで俗物であることをバシバシ伝えてくるところも、俗物の王道を行く人物であった。

人に何か重大なことをしてあげられる、世間の役に立つことをしているという、ポジティブな観念が一般共通の枠組みになっているというのが、実はクセモノかもしれない。しかしまあ、これは、私が、それとは対極にある職種に就いているヒガミでもあろう。世の中で「なくてもいい仕事」の典型なのだ、私の仕事は。でも、「それだから、続けていられるのだ」ということは、確実に言える。威張ることじゃないけど。

何の役にも立たぬことで糊口をしのぎ、誰にもたいしたことは何もしてさしあげられない。その線だけはぶれずに暮らしてきて、世間様には、ごめんなさい、である。毎朝、毎晩、世間に向かって、人類全員に向かって「ごめんなさい」を心の中で唱え、寝起きする。これからもその態度だけは変えずに暮らしていこうと思う。
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by tenki00 | 2005-07-16 03:02 | pastime
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