キリのいい数字・悪い数字

256や512はキリ番(切りの良い数字)と感じるのは少数派という記事を読んで、まあ、そうだろうなと思うと同時に、とても不思議な感じもする。

例えば、256は、書籍の基本ページ数だった(今はもっと薄くなっているようですが)。16×16=256。印刷機が一度に印刷するのが16ページ。その倍数がキリのいい数字ということになる。256ページを「にごろ」と呼ぶのは関係者だけでしょうが、特別な数字であることはまちがいありません。

コンピュータの二進法だけじゃなくても、世の中には2の倍数で成り立っていることは多い。

学生時代(あるいは今も)麻雀を楽しんだ人は多いと思いますが、点数は、すべて倍数です(2とは限りません)。1300の2倍で2600点。これは「いちさん」「にんろく」と呼んでアタマに入っている。5200点(ごんに)もそうです。それ以降は満貫(8000点)にまとめてしまうルールもありますが、そうでないルールもたくさんあります。

1600点から始まる点数は、3200点(ざんに)、6400点(ろくよん)、12800点(いちにっぱ)。さらに14400点(いっちょんちょん)を採用するルールもある。

声に出さないから、256やその他の数字(倍していって得られる数字)が、アタマに染み込んでいかないのか。理由は知りませんが、倍数は、生活や遊びの基本になっているわけで、それがキリがいいかは別にして、特別な数字でないわけがありません。

一般的にキリがいい数字というのは、十進法から来るものなんでしょう。ぴったり10000人目とか。十進法は、たしかに便利なものですが、全領域で便利なわけではありません。

友人とレストランに食べに行くのに、10人はぜんぜん「ぴったり」じゃない。8人なら、2つ空いていた4人掛けテーブルにぴったり座れたのに、10人じゃダメ。他の店にするか、待つか、と。

こうなるので、10も10の倍数も、どうにもキリが悪いというケースがたくさんあります。十進法の感覚だけでは暮らしていけない。

(いわゆる文系的発想? じっさい私は理数系の素養がゼロ)

あるいは、句会をやる人なら、反故の紙を等分して、投句用の短冊をつくりますよね(えらく限定的な話題w)。そのとき、1枚の紙から10枚短冊をとろうなんてことをしたら、たいへんです。だいたいはA4判から8枚あるいは6枚。ここでも、10はぜんぜんキリのいい数字じゃない。

というわけで、はじめに戻りますが、256や512が、人のアタマや心に浸透しきっていないというのは、やはり、とても不思議なことに感じるです。はい。

まあ、「キリのいい」という表現が問題なのかもしれません。「128」や「256」やが特別な数字であることは、みな了解しているが、キリがいいとは思わない人が多いということかもしれません。




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by tenki00 | 2010-09-05 12:36 | etc
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