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デヴィッド・ゲイツの名曲。ブレッドのオリジナルはアレンジが南沙織版に近いので割愛して、最近のカヴァー。ルーマーという英国人。
Rumer - Goodbye Girl (2011年) 南沙織 - グッバイガール (1978年)
ツイッターで俳句クラスター特有の夏蜜柑論争。
≫「夏蜜柑」は夏の季語?春の季語? 根岸の西念寺(佐山さんとこ)では、たしか2月かそこらに収穫だったかと。 だから春、とか言うのではなく、西念寺の1本の夏蜜柑から700個からの実が穫れたという、そのことがすごい。 数年前の収穫のときはお裾分けをいただいて、夏みかんのポン酢(これが美味。味がやわらかい)やら、甘露煮やら。満喫いたしました。 なので、結論としては、夏蜜柑は、エラい、ということで。 ● 夏蜜柑は、グレープフルーツの輸入により、農作物として終わった、と聞いたことがある。外来種が固有種を駆逐した一例でしょうか。 ●
五十嵐秀彦さんの、「地方」と俳句についてブログ記事。
≫始めてみないか ぼくはそれまで比較的楽観的に、「週刊俳句」のような活動が拡大していくと、既存の俳句組織や出版とは異なる状況が生まれ、俳句文芸もそれにつれて活発化するだろうと思っていた。/それは間違ってはいないと思う。/しかし、地方の文芸の状況にそれがどう影響を与えるだろうか、そこまで考えてこなかった。(五十嵐秀彦・以下,青字は同) 地方のことは、そこに住み、「地方」的な事情をふだんから味わっていない者にはなかなか想像できないところがあります。これは私が東京西郊に暮らしていることと微妙に関係があるが、微妙とわざわざ言ったのは、自分のいる場所が「中央」(五十嵐さんの記事にある「地方」の対立概念)だという思いが希薄なせいもあり、また、東京は「東京ローカル」に過ぎないという捉え方もできるだろうし、ということで、「地方」=自分にとって遠い場所というふうには考えられない。まあ、しかし、そんなややこしいことは置いておいて、インターネットのこと。 例えば、週刊俳句・第249号。当の五十嵐秀彦さんを含む執筆者の居住地は?というと、北海道、神戸、広島。首都圏の人はいない。この点だけ見ても、ネットって便利ですね。物理的な距離をものともしない。 (俳句作品を寄せている4名はいずれも東京に居住。偶然とはいえ、執筆陣と対照的) ネットが、地方と地方、地方と中央のあいだにある物理的距離という障壁を取り去ってくれるという、当たり前の一般論を否定する人はあまりいないと思います。 それはそれとして、この「週刊俳句」、どんな場所で読まれているのだろう?と、ふと思い立ったのです。で、グーグルによるアクセス分析サイトを覗いてみました(ログインが必要でブログ運営者しか見られません。為念)。このサイト、それほど詳しい分析結果は得られないのですが、都道府県別の訪問数はわかります。 で、ここからが本題です(前置きが長い)。 北海道と東京で、訪問数にどれくくらい差があると思います? 東京のほうが多いというのは誰でもわかる。問題はその差です。なんと、東京は北海道の20倍です。北海堂からの訪問は、東京の20分の1しかないのです。 もっとも、東京は他府県比べて群を抜いていて、2位、3位の神奈川、大阪の約4倍です(意外に少ないのが埼玉で、東京の10分の1)。 この数を見て、ちょっとびっくりしました。週刊俳句って、東京ローカル?(全訪問数に占める東京のシェアは、じつに37パーセント) ![]() こういうふうに絵で見ると(↑)、週刊俳句は、全国からアクセスされているように見えますが、数の面では、東京偏重なのです。 これって、なにが理由なのか。よくわかりません。週刊俳句の当番(運営)のひとりとしては、北海道でも九州でも、日本のどこでも、もっと読者が増えてほしいなあ、と、切に願うだけです。「地方」でもっと読まれるための具体的な方策というのは、現時点では、ちょっと思いつかないのです。 そうこうするうちに、ふと、ニーズということを思いました。インターネットは、クリックだけでアクセスできるのだから、ニーズがあれば、週刊俳句だろうが、メジャーなニュースサイトだろうが、きわめてマイナーでマニアックなサイトだろうが、アクセスの手間暇は同じです。 周知の度合いという問題は大きいのですが、それはそれとして、ひょっとしたら、ニーズがないんじゃないの?と。つまり、東京以外の「地方」では、「俳句にまつわる諸々の事柄」(週俳のトップページの謳い文句)へのニーズが、それほどでもないのではないか? と、そんなことを考えたのです。 五十嵐さんの記事に戻りましょう。五十嵐さんは「批評」という語を使っています。 地方の俳句文芸が衰退しているのは、高齢化という理由だけではないのだ。/そこに批評が存在していないというのも一因ではないだろうか。 この把握がどのくらい妥当か私にはわかりませんが、批評の出発点は、シンプルにいえば、「読むこと」です。 五十嵐さんの記事は「既成のものに頼らない運動」まで踏み込んでいます。この「運動」の成否は、「読みたい」というニーズが北海道に暮らす俳人/俳句愛好者にどれくらいあるのかという、基本的な部分に拠るのではないかと思いました。それはきっと「俳句を作りたい」「作った俳句を読まれたい」というニーズとは別の、そしてそれらに先立つものでしょう。 と、こんなことを言うと、五十嵐さんや北海道の心意気に水を差すようで、とても感じが悪いかもしれませんが、いや、違います。期待・注目いたします。ゆっくりじっくり、思うところを突き進んでください。で、ひょっとしたら、週俳でお役に立てることがあるかもしれません。 ● いや、しかし、ネット上の週俳で、こんなに東京とそれ以外に差(違い)があるとは。自分自身にとって新鮮な発見でございました。 ●
昨日の句会のとき、狂流さんからもらったコンピに入っていた R. Kelly - When A Woman Loves。
よろしおすなあ。こういう、演歌っぽいソウル。
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